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第4話・バトル勃発 その1

Author: さぶれ
last update Last Updated: 2025-04-25 23:00:53

「清川先生っ」

 七夕祭りイベント当日の午後二時半を回った頃。慌ただしく準備をしている私の下に、エプロンを身に着けた小倉昌磨(おぐらしょうま)君のお母様がやって来た。

「当番の羽鳥さんが、まだ来ていません!」

 ええええ…うそーぉ……。

「なんど連絡しても出られないんです! 清川先生からも連絡を取って頂けませんか?」

「はい、承知しました」

 露店は三時から開始される。あと三十分も無い。

 縁日の準備を行っている園庭、それからさくら幼稚園に隣接する離れの遊戯ホールをざっと見たけれど、どこにも聖也君や羽鳥さんの姿は無かった。欠席という話も聞いていない。

 慌てて職員室へ駆け込み電話を掛ける。ワンコール、ツーコール、スリーコール…出ない!

 三度繰り返したが電話は全て留守番電話に繋がってしまったので、最後の電話に『当番の時間を過ぎても来られないから至急連絡が欲しい』とメッセージを吹き込み、受話器を置いた。

「小倉さん申しわけございません。羽鳥さんはお電話に出られないようで、出来る限り私や他の職員がサポートに入るようにします」

 聞けば今、彼女が一人で準備をしているという。見かねた担当でない別のお母様方が手伝ってくれているとか。ご立腹の小倉さんに頭を下げて私は奔走した。

 ただでさえ足りていない人数で回さなきゃいけないのに、急に一人抜けられてしまったので、段取りが狂ってしまった。

 彼女が居ない分、店番を掛け持ちしながら午後五時まで何とか乗り切った所で羽鳥さんが聖也君と一緒に現れた。しかも羽鳥さんは聖也君と同じく浴衣を来て、ばっちり髪の毛やメイクもセットした状態で現れた。――なんなの、この人。

 今日は七夕まつりだから、最後に園児が一生懸命練習した踊りを披露するため、子供たちは全員浴衣で来ることになっている。保護者は関係ない。しかし羽鳥さんはキメキメの浴衣とメイクで現れたのだ。

「羽鳥さん!」

 私は大急ぎで彼女に詰め寄った。「今までどこへ行っていらっしゃったんですか! 今日、当番で二時集合とお知ら

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      「清川先生っ」  七夕祭りイベント当日の午後二時半を回った頃。慌ただしく準備をしている私の下に、エプロンを身に着けた小倉昌磨(おぐらしょうま)君のお母様がやって来た。「当番の羽鳥さんが、まだ来ていません!」 ええええ…うそーぉ……。「なんど連絡しても出られないんです! 清川先生からも連絡を取って頂けませんか?」「はい、承知しました」 露店は三時から開始される。あと三十分も無い。  縁日の準備を行っている園庭、それからさくら幼稚園に隣接する離れの遊戯ホールをざっと見たけれど、どこにも聖也君や羽鳥さんの姿は無かった。欠席という話も聞いていない。 慌てて職員室へ駆け込み電話を掛ける。ワンコール、ツーコール、スリーコール…出ない!  三度繰り返したが電話は全て留守番電話に繋がってしまったので、最後の電話に『当番の時間を過ぎても来られないから至急連絡が欲しい』とメッセージを吹き込み、受話器を置いた。「小倉さん申しわけございません。羽鳥さんはお電話に出られないようで、出来る限り私や他の職員がサポートに入るようにします」 聞けば今、彼女が一人で準備をしているという。見かねた担当でない別のお母様方が手伝ってくれているとか。ご立腹の小倉さんに頭を下げて私は奔走した。  ただでさえ足りていない人数で回さなきゃいけないのに、急に一人抜けられてしまったので、段取りが狂ってしまった。 彼女が居ない分、店番を掛け持ちしながら午後五時まで何とか乗り切った所で羽鳥さんが聖也君と一緒に現れた。しかも羽鳥さんは聖也君と同じく浴衣を来て、ばっちり髪の毛やメイクもセットした状態で現れた。――なんなの、この人。 今日は七夕まつりだから、最後に園児が一生懸命練習した踊りを披露するため、子供たちは全員浴衣で来ることになっている。保護者は関係ない。しかし羽鳥さんはキメキメの浴衣とメイクで現れたのだ。「羽鳥さん!」 私は大急ぎで彼女に詰め寄った。「今までどこへ行っていらっしゃったんですか! 今日、当番で二時集合とお知ら

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第3話・まさかの… その8

     あおいchanというのも気が引けるので、あおいさんと呼ぶことにしている。彼女に返信していると、Love Seaの方が着信を告げた。――元気?(玄) 一言、玄さんからだった。相変わらず愛想無い。――はい、元気ですᐠ( ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ 玄さんはお仕事中?(M)――まあね。店が暇でしょーがない。(玄)――もうすぐ仕事で大きなイベントがあるので、それが終わったら飲みに行きますよ。再来週の週末にでも、玄さんのお店行きたいです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )(M)――いや、俺の店はもういいよ(笑)多分この店もうヤバイ。だから違うとこ行こう。(玄)――Σ(•̀ω•́ノ)ノエッ だめですよ! ちゃんと店番しないと(ˉ ˘ ˉ; )(M)――店番(笑)ジャイ〇ンかよ(笑)(玄)――ジャイ〇ンが店番していたら、人気店になりますね!(M)――面白いこと言うなぁ。店が繁盛するなら、ジャイ〇ン雇いたいよ(笑)(玄)  玄さんって愛想無いと思っていたけれど、実はそんな事なくて短い一言が面白いなぁ。それにしても、ネコ型ロボットの国民的人気アニメなんか見ているのかな。園児の話に合わせるために、私も見ているけれど。 ホント、玄さんってどんな人なんだろう。  短いやり取りばっかりだけれど、なんとなく話も合うし、いい人なのかなーって思っちゃう。こういうのでコロっと騙されてしまうんだろうな、私みたいな単純人間は。――最近、モンペどう? 嫌がらせされてない?(玄) あ、気にしてくれているんだ。嬉しいな。 ――心配してくれてありがとうございます⸜(๑’ᵕ’๑)⸝ 今の所大丈夫です。次の週末が怖いですが( ´•д•`; )(M)――イベントでモンペとバトルするの?(玄)――違います! 実は・・・・(M)  アプリの自分のプロフィールに『幼稚園教員をやっている』と既に書いているので、来週七夕まつりのイベントがあることや、当番に羽鳥さんが当たっていること、ひと悶

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第3話・まさかの… その7

     翌日。Takaさんと食事へ行った結果を理世ちゃんに報告した。「無いですね」 一言ズバっと頂きました。「ありえません。画像詐称も酷いし、性格も最悪なんて。まさかの大はずれでしたね」 酷い言い草だとは思うけれど、同感だった。アプリで通じた相手でなければ、一緒に食事へ行こうという気になれない人だったから。「ブロックしちゃいましょう」 理世ちゃんは私のスマートフォンをタタタと操作し、Takaさんをあっと言う間にブロックしてしまった。躊躇は一切せず。  いいのかな…。「とりあえず残り二人いますよね。頑張ってみてダメだったら次行きましょう。私の知り合いを紹介しますから!」「ありがとう。このままアプリ続けて大丈夫かな…」「婚活アプリあるあるなので大丈夫です。本名は伝えてないでしょ? ブロックしたって先輩が誰であるとか、わかりませんから。こちらに落ち度は一切ありません。宝くじ買って、大はずれしてガッカリしちゃったようなものです。気を取り直して行きましょう!」「理世ちゃんが居てくれるから安心だよ。ほんとに助かる」「とにかく、残りのゆうたさんと玄さんが、アタリかもしれませんから」 理世ちゃんの言う通り、ゆうた君はアタリかもしれない。玄さんは正直まだよくわからない人だけれど、他愛もないやり取りは交わすような仲になった。愚痴友みたいな感じ?  今度時間が合えば、飲みに行こうという約束をしてそのままだ。 今日は特に問題も無く一日が終了した。無事に一日を終えられる喜び――この平和が何より嬉しいと感じる今、私の心は重症だと思う。本気で今年度限りで退職しようかなと思ってしまう。  聖也君は今年卒園だから、今季だけ耐えればいいかもしれないけれど、今までの自信もプライドもぶち壊される勢いでの説教は、自分の中で消化しきれなくて心の中に沈下している。それを引きずりながら来年も仕事と思うと、不安に駆られるし憂鬱になる。うまくやっていける自信がなくなってしまった。 聖也君に罪はないから、今まで通り分け隔てなく接するつもりだけれど。  羽鳥さんが怖いからと言って聖也君を贔屓にするのは違うと思うし、私は絶対そんなことはしたくない。 久々に早く帰宅できたのでゆっくりお風呂に入ろうと思い、張り切って掃除をして湯を沸かした。  沸いたばかりの湯船にとっておきの薬剤を投入した。

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第3話・まさかの… その6

      「こんばんは、羽鳥さん」 私に挨拶をしてくれた彼は、羽鳥聖也君のお父さんだ。コックの恰好をしてマスクを着けていたが、聖也君によく似た大きな瞳が特徴的なので、すぐにわかった。  そう言えば羽鳥恵里菜さんが『うちの夫は蓮見リゾートの料理長をしている』と自慢していたっけ。「こちらにお勤めだったのですね」「はい。以前は別の店舗勤務でしたが、このホテルが新規オープンしたので呼ばれたのです。いい食材をふんだんに使っているので贅沢なバイキングですから、先生もご堪能いただけると思います。デザートも美味しいですよ」「はい、ありがとうございます」 こんなところで知り合いにあうなんて。しかもTakaさんの連れと思われるの嫌だなぁ。全部で四組しかいないから、絶対見られてるよね。「聖也がいつも清川先生を褒めていますよ。幼稚園も楽しいと言っています。これからもよろしくお願いします」「はい、こちらこそ」「清川先生にお礼が言いたくて、お食事中につい声を掛けてしまいました。申し訳ございません。ごゆっくりどうぞ」 モンペと揶揄される彼女の伴侶とは思えないくらい丁寧な人だ。レストラン勤務の料理長ともなれば、忙しいのだろう。昨今の幼稚園参観や行事参加は、夫婦揃って来ることが増えている。しかし聖也君は殆どが母親の恵里菜さんだけの参加だった。  稀に夫婦で参加する時は借りてきた猫のように大人しいことから、恵里菜さんの本性を彼が知らない可能性がある。  今度の七夕まつりは夫婦揃って参加して欲しいな。恵里菜さん、きっと大人しいだろうから。「声をかけてくださってありがとうございます。お仕事頑張って下さい」  当たり障りない言葉をチョイスし、会釈してデザートコーナーへ向かった。料理はもういいや。食べるのしんどい。  専用のコーナーには色とりどりのデザートが並んでいた。どれも生の果物を使っていて、贅沢なスイーツに仕上げたものがずらりとこの空間を彩どっている。まるで宝石のよう。  撮影可能と書いてあったので、折角だからとスマートフォンで写真に収めた。どの

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